~新技術で安定な油のゲルの作製へ~

◆本研究成果のポイント
・脂質ウィスカー結晶を含むと、わずか0.5 wt%(質量パーセント)という非常に低いゲル化剤濃度でも油をゲル化でき、高い強度と安定性を示すことを実証しました。さらに、温度制御を行うことでも、こうした特性が向上することが分かりました。
・本技術を植物性代替肉に応用することにより、従来技術と比べ風味や口どけが改善されたよりおいしい植物性代替肉の開発に貢献できる可能性があります。
◆概要
先行研究において我々は、特定の油脂(トリアシルグリセロール(※3))を低濃度(0.5 wt%)で添加することで、油がゲル化し、一般的なものとは異なるユニークな繊維状結晶が形成されることを見出していました。(Oishi et al., Food Structure (2023).)
今回の研究では、この繊維状結晶が、材料科学分野で機械的特性(※4)に優れることで知られる「ウィスカー結晶」という単結晶であることを、透過型電子顕微鏡(TEM)観察(※5)と電子回折パターン解析(※6)により世界で初めて特定しました。さらに、脂質ウィスカー結晶の存在により、オレオゲルが非常に低い濃度でも高い機械的強度と優れた安定性(4ヶ月間油漏れなし)を示すことを実験的に確認しました。
本研究成果はFood Research Internationalのオンライン版に2025年5月13日付で掲載されました。
◆背景
研究グループは、ゲル化温度を制御することで、低濃度のトリアシルグリセロールを用いたオレオゲルの作製に成功しました。トリアシルグリセロールは、食品に広く使われており、植物性ワックスよりも食品に利用しやすいという利点があります。特に、トリアシルグリセロールから構成されているFHHPMF(※9)(主要成分PSP※10)をわずか0.5 wt%添加するだけでゲル化すること、そしてこの際に一般的な針状結晶ではなく、細長い繊維状結晶が観察されることを見出していました。材料科学において、このような細長い繊維状結晶は「ウィスカー結晶」と呼ばれ、原子が規則正しく整列した「単結晶」であり、内部にずれや乱れ(結晶欠陥)がないため、非常に高い強度や耐久性といった機械的特性を発揮することが知られています。しかし、オレオゲル中で観察されたこの繊維状結晶が本当にウィスカー結晶であるかは、実験的に証明されていませんでした。
◆研究成果の内容
特に、わずか0.5 wt%という低濃度のオレオゲルでも、4ヶ月間20℃で保管しても油漏れが全く観察されませんでした。これは、一般的な植物性ワックスを用いた低濃度オレオゲルでは油漏れが深刻な問題となることが多い点を踏まえると、驚くべき安定性です。植物性ワックスで作製されたオレオゲルの場合、1ヶ月ほどで液漏れが起こります。これらの高い機械的強度と安定性は、脂質ウィスカー結晶がオレオゲルのゲル化剤として存在し、強固なネットワークを形成していることによるものです。


◆今後の展開
◆論文情報
著者名:Haruhiko Koizumi1※, Fumiya Nakano1, Noritaka Oishi2, Tomoya Yamazaki3, Yuki Kimura3, Shinji Tsuda2, Satoru Ueno1
著者所属:広島大学 大学院統合生命科学研究科1,ミヨシ油脂2,北海道大学 低温科学研究所3
責任著者※
掲載誌:Food Research International
掲載日:2025年5月13日
DOI:10.1016/j.foodres.2025.116451
なお、本研究は、JSPS科研費 JP24K01362の支援により行われました。
また、広島大学から論文掲載料の助成を受けました。
◆用語解説
トリアシルグリセロールが形成する、細長く真っ直ぐな単結晶。結晶欠陥が少ないため、優れた機械的特性を持つ。
※2 オレオゲル
油をゼリーやプリンのように固めた物質を指す。名前は「油」を意味する「オレオ」と、液体と固体の中間状態である「ゲル」から来ている。
※3 トリアシルグリセロール
植物油や動物性脂肪の主成分で、一般的に「中性脂肪」と呼ばれる脂質。グリセリンに3つの脂肪酸が結びついた構造をしており、食品や体内のエネルギー源として知られている。
※4 機械的特性
物や材料が力を受けたときにどれだけ耐えられるかを示す性質のこと。強度、硬さ、弾性などが含まれる。
※5 透過型電子顕微鏡(TEM)観察
電子を使って物質を透かして観察する顕微鏡で、100万分の1ミリ単位の細かい構造まで見ることができる。
※6 電子回折パターン解析
電子ビームを結晶にあて、その散乱の様子(回折パターン)を観察する技術。
※7 トランス脂肪酸
加工食品などに含まれ、過剰に摂ると心臓病のリスクが高まるとされる脂肪の一種。
※8 飽和脂肪酸
肉や乳製品に多く含まれ、摂りすぎると血液中の悪玉コレステロールが増える原因となる。
※9 FHHPMF
ハードPMF極度硬化油の略称であり、パーム油を最大限に水素添加して固形化した油脂。
※10 PSP
3価のアルコールであるグリセリンに、飽和脂肪酸である炭素数16個のパルミチン酸が2つ、炭素数18個のステアリン酸が1つ結合したトリアシルグリセロール。
※11 貯蔵弾性率
物質が元の形に戻ろうとする力の強さを表す指標で、数値が高いほど硬く、弾力があることを意味する。
【問い合わせ先】
広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授 小泉 晴比古(こいずみ はるひこ)
Tel:082-424-7935
E-mail:h-koizumi@hiroshima-u.ac.jp
北海道大学 低温科学研究所 教授 木村 勇気(きむら ゆうき)
Tel: 011-706-7666
E-mail:ykimura@lowtem.hokudai.ac.jp
ミヨシ油脂株式会社 戦略企画本部 技術研究部 大石 憲孝(おおいし のりたか)
※研究につきましては、経営企画部 コーポレート・コミュニケーション課へお問い合わせください。
<広報・報道に関すること>
広島大学 広報室
TEL:082-424-6762
E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp
北海道大学 社会共創部広報課
Tel:011-706-2610
E-mail:jp-press@general.hokudai.ac.jp
【本研究ならびにお客様・報道関係者からのお問い合わせ先】
ミヨシ油脂株式会社 経営企画部 コーポレート・コミュニケーション課
担当:堀越
e-mail:info@miyoshi-yushi.co.jp